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綿を植えよう。

綿を植えよう。

「夜の鳩、海を渡る」




雨があがりました。

これから、鳩を飛ばします。



特別な任務を果たせるように
前もって
神社の鳩の中で

いちばん大きくて丈夫そうな鳩を選んで
今日まで訓練しました。



この鳩ならば

何百キロのかなたへも
飛んでいってくれることでしょう。


温かいスープも
今しがた、飲ませました。


今から何日か後の静かな夜に

「こつこつ」と
あなたの窓をつつく音がしたら

このはとを招き入れてください。



そうして
私に、
緑の灯火で合図を送ってください。

「鳩は無事についたよ」と…。


それを確認したら
私はスイッチを押します。


鳩の羽の間から
むくむくと透明な折りたたんだ袋が出てきたら

そのなかに

あなたの普段
吐き出しきれない思いを全部
思い切り吐き出してください。


大きなため息でも
「ばかやろー」の声でも

何でもいいのです。

涙の雫でもかまいません。


そうして
その袋の口をきっちりとしばって

ほどけないようにきっちりとしばって
もと来た西の空へむけて
放ってやってください。


あ、大事なことを忘れていました。

鳩を抱き上げたら
頭を軽く、撫でてやってください。

それだけが、鳩の帰りのガソリンになるのです。


あなたの思いを背負った鳩は

こんどは大きく迂回して


大きな海の上に出ます。


そこからすこしずつ
袋の中身を海の上に落としていきます。


わからないようにほんのすこしずつ。

だから
海も気が付かないほどの濃度で

あなたの辛い思いは、海にとけ

やがてプランクトンのえさになってしまうでしょう。






ヘトヘトになって帰った鳩を
私は静かに眠らせてやりましょう。


その背中をゆっくりと撫でて。










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